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大阪地方裁判所 昭和56年(行ウ)26号 判決

(甲事件)原告 佐野章二

(乙事件)原告 佃十純 外三名

(甲事件)被告 山本英行

(乙事件)被告 我堂武夫 外一名

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告佐野章二(甲事件)

被告山本英行は、堺市に対し、金三七八万五、〇〇〇円と、これに対する昭和五六年五月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、同被告の負担とする。

との判決。

二  原告佃十純、同松田丑太郎、同安堂和夫、同菊池正清(乙事件)

被告我堂武夫は、堺市に対し、金一、一七八万九、〇〇〇円と、これに対する昭和五六年一一月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

被告辻哲朗は、堺市に対し、金八〇〇万四、〇〇〇円と、これに対する同日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、右被告両名の負担とする。

との判決。

三  被告ら

(一)  被告山本英行、同辻哲朗の本案前の答弁

原告佐野章二の訴及びその余の原告らの被告辻哲朗に対する訴を却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決。

(二)  本案の答弁

主文と同旨の判決。

第二当事者の主張

一  本件請求の原因事実

(一)  原告らは、堺市の住民である。

被告山本英行は、昭和五四年五月一九日から昭和五六年五月一五日まで堺市議会議長(以下、議長という)の職にあつたもの、被告辻哲朗は、同月一六日以降議長の職にあるもの、被告我堂武夫は、昭和四七年一一月二六日以降堺市市長(以下、市長という)の職にあるものである。

(二)  別表1の「相手方」欄記載の堺市議会議員は、昭和五五年一〇月七日から同月八日まで、同月二九日から三〇日まで、同月三〇日から同年一一月一〇日まで、東京における打合わせ会を含めて、「東南アジア行政視察」と称して、同表の「出張先」欄記載の各地に国内及び海外旅行を行い(以下、本件(一)の旅行という)、右旅行の旅費等として、同表の「旅費」欄記載のとおり、堺市の公金三七八万五、〇〇〇円が支出された。

別表2の「相手方」欄記載の堺市議会議員は、昭和五六年一〇月二二日から同年一一月二日まで、「堺市議会米国行政視察」と称して、同表の「出張先」欄記載の各地に海外旅行を行い(以下、本件(二)の旅行という)、右旅行の旅費等として、同表の「旅費」欄記載のとおり、堺市の公金合計金八〇〇万四、〇〇〇円が支出された。

(三)  被告我堂武夫は、市長として、本件(一)(二)の旅行(以下、本件各旅行という)による公金の支出につき、支出命令を発した。

(四)  被告山本英行は本件(一)の旅行に関し、同辻哲朗は本件(二)の旅行に関し、議長として、それぞれ参加議員に出張命令を発した。したがつて、右被告両名は、本件各旅行による公金の支出につき、それぞれ支出負担行為をしたことになる。

(五)  しかし、本件各旅行のための公金の支出は、次の理由によつて違法である。

1 市議会議員を派遣することにつき、法令上の根拠がない。すなわち、

本件各旅行を委員としての派遣であるとしても、堺市議会閉会中の委員派遣は、継続事件又は調査事件があるときに限られるところ(堺市議会会議規則(以下、会議規則という)七一条)、本件各旅行は、議会閉会中に、継続審査や調査事件がないのに行われたものであり、そのうえ、委員派遣の手続もとられていない。

本件各旅行を議員の派遣であるとしても、堺市議会が議案の審査等のため議員を派遣することができる旨の法令上の根拠がない(委員会が委員を派遣する場合には、会議規則七一条に明文規定がある)。国会議員の派遣については国会法一〇三条に明文規定があることと対比し、市議会が議員を派遣することは、明文の規定がない以上、できないと解すべきである。

2 仮に、市議会が議員を派遣することができるとしても、本件各旅行は、その手続に違法がある。すなわち、

国会議員の派遣には、衆議院規則二五五条、参議院規則一八〇条により、所属する議院の議決を要するものとされていることと対比し、市議会が議員を派遣するには、本会議の議決を要するところ、本件各旅行は、本会議の議決を経ていない。

また、議長は、議員に対して派遣を命ずる権限がない。

3 本件各旅行による公金の支出手続も、法令上の根拠を欠く。すなわち、

本件各旅行による旅費等は、地方自治法(以下、自治法という)二〇三条三項の費用弁償として支給されたものであるが、その額及び支給方法についての規定は、同条五項、「堺市議会議員その他の報酬等に関する条例」(以下、報酬条例という)五条一項、「堺市職員の給与及び旅費に関する条例」(以下、職員給与条例という)三六条六項であるところ、三六条六項には、「外国旅行については、政府職員の例に準じその都度任命権者が定める。」と規定されている。ところが、議員の場合には、任命権者がいないから、旅費等について定めるべき者がないことになる。したがつて、本件各旅行による旅費等の支出は、法令上できない。

4 本件各旅行は、堺市の市政、市議会議員の職務に全く無関係であつて、不必要なものである。すなわち、

地方自治体の議員の職責は、議会の議決に参画することであつて、これと本件各旅行の実態とは到底結びつかない。本件(一)の旅行は、何故東南アジアを視察する必要があるか全く不明であり、本件(二)の旅行は、合衆国バークレー市との親善友好を深めることを主たる目的として企画されたというが、同目的のためには他に方法がある筈である。要するに、本件各旅行の実態は、一定の当選年次を経た議員の特権的な慰安旅行に外ならない。

(六)  したがつて、被告我堂武夫は、堺市に対し、本件各旅行に支出した公金一、一七八万九、〇〇〇円相当の損害を、被告山本英行は、同じく、本件(一)の旅行に支出した公金三七八万五、〇〇〇円相当の損害を、被告辻哲朗は、同じく、本件(二)の旅行に支出した公金八〇〇万四、〇〇〇円相当の損害をそれぞれ与えたものであるから、同被告らは、同市に対し、右各損害を賠償する義務がある。

(七)  原告佐野章二は、昭和五六年二月一六日、被告山本英行の本件(一)の旅行に関する公金の支出につき、堺市監査委員に監査請求を行つたところ、同委員は、同年四月一六日、右請求を却下する旨の決定をした。

その余の原告らは、同年七月三一日、被告辻哲朗、同我堂武夫の本件各旅行に関する公金の支出につき、同委員に監査請求を行つたところ、同委員は、同年九月二九日、措置の必要がない旨の決定をした。

(八)  結論

原告らは、自治法二四二条の二第一項四号に基づき、堺市に代位して、被告らに対し、前記(六)記載の額の各損害金と、これに対する本件訴状が各被告に送達された日の翌日(被告山本英行は昭和五六年五月二七日、被告我堂武夫、同辻哲朗は同年一一月一四日)から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を堺市に支払うことを求める。

二  被告山本英行、同辻哲朗の本案前の主張

市議会の議長の行為は、自治法二四二条、同条の二の規定に基づく住民訴訟の対象とはならないから、同被告らに対する請求は不適法である。すなわち、被告山本英行は、本件(一)の旅行について、参加する議員に対する出張命令と題する書面に、議長として押印したことはある。しかし、議長は、議員に対し任命権がないから、これを前提とする出張命令もあり得ない。右押印は、各会派が行つた人選を議会事務局として確認したにすぎない。

三  本件請求の原因事実に対する被告らの答弁及び主張

(答弁)

(一) 本件請求の原因事実中、(一)ないし(三)の各事実は認める。

(二) 同(四)の事実は否認する。被告山本英行、同辻哲朗は、本件各旅行の公金支出に関する財務会計上の行為にそれぞれ関与したことはない。

(三) 同(五)、(六)の主張は争う。

(四) 同(七)の事実は認める。

(主張)

(一) 市議会が議員を派遣することは、何んら違法ではない。確かに、議員を派遣できる旨直接規定した法令はない。しかし、現在の地方行政は、複雑多岐に亘り、市議会の審議を充実したものにするには、議員を派遣して国内及び海外の事情を視察させる必要性が高い。したがつて、市議会が、その活動の一環として議員を国内及び海外へ派遣することは、法もこれを許容していると解すべきである。

(二) 本件各旅行についての堺市議会としての決定手続は適法である。

市議会が、その活動の一環として行うのであるから、議会の意思決定が必要であるが、その方法は、必ずしも本会議の議決によらなければならないものではない。本件(一)の旅行は、議会運営委員会の委任に基づき、被告山本英行が議長として決定したものであり、本件(二)の旅行は、議員総会で実施することに決定したものであり、いずれも、その手続は、適法である。

(三) 本件各旅行による旅費等は、自治法二〇三条三項に基づく職務を行うため要する費用の弁償として、同条五項、報酬条例五条、九条、職員給与条例三六条に従つて、その額が、別紙1・2の各「旅費」欄記載のとおり決定され、堺市財務会計規則に従つて所定の手続を経て、被告我堂武夫の支出命令により、参加した議員に適法に支出された。

(四) 本件各旅行は、それ自体適法であり、その決定手続、そのための公金支出の手続とも適法である以上、その余の点に関する原告らの主張は、政治論であつて、裁判所の判断の対象にはならない。

四  被告山本英行、同辻哲朗の本案前の主張に対する原告らの反論

本件請求原因事実(四)のとおり、被告山本英行は、本件(一)の旅行に関する支出につき、同辻哲朗は、本件(二)の旅行に関する支出につき、いずれも、その支出の根拠となつた参加議員に対する出張命令を発するか、出張確認行為をしており、右出張命令や出張確認行為は、自治法二三二条の三の支出負担行為に外ならないから、右被告らが、被告適格を有することは明らかである。

第三証拠〈省略〉

理由

一  被告山本英行、同辻哲朗の本案前の主張について

本件は、原告らが自治法二四二条の二第一項四号に基づいて堺市に代位して被告らに対し損害の補填を求める住民訴訟であるところ、本件訴訟で被告適格のある者は、原告らにより、訴訟の目的である堺市が有する実体法上の損害賠償請求権(但し、財務会計上の行為をしたことによつて生じたものに限られる)を履行する義務があると主張されている個人であると解するのが相当である(最判昭和五三年六月二三日、判例時報八九七号五四頁参照)。

本件では、原告らが、右被告両名が公金の支出につき何んらかの財務会計上の行為に関与し、それによつて堺市に対して損害賠償の義務を負うと主張している以上、右被告両名は、被告適格があるとしなければならない。つまり、右被告両名が、議長として如何なる権限に基づいて本件各旅行に関する公金の支出に関与したかの問題は、本案に入つて審理されるべきであつて、本案前の被告適格の問題ではないのである。

そこで、右被告両名の本案前の主張は、採用しない。

二  本件での争点の判断に必要な前提事実について

(一)  本件請求の原因事実中、(一)ないし(三)の各事実は、当事者間に争いがない。

(二)  前記(一)の争いがない事実、成立に争いがない甲第二号証、同第三号証の一ないし三、同第四号証、同第七ないし同第九号証、同第一〇号証の一、二、乙第一ないし同第五号証、原本の存在及び成立に争いがない甲第一二号証、証人岸本正芳、同浜田雄二の各証言及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

1  堺市では、昭和三一年ころから昭和四九年まで、毎年議員の海外派遣を実施してきたが、市財政の悪化を理由に本件(一)の旅行まで中止された。

本件(一)の旅行は、全国市議会議長会議主催の昭和五五年度海外行政視察に堺市議会から議員が参加する形で行われた。被告山本英行は、同年七月ころ、議長として、市議会の各会派のうちから選出された委員で構成される議員運営委員会に参加の可否を諮つた。

議員運営委員会は、七会派の回答をもとにして正副議長がその可否を決めることを一任した。各会派の多数は、その後、参加を可とする回答をしたので、同被告は、副議長と相談の上、議員六名を参加させることにし、具体的人選を各会派で調整して別表1記載の参加議員を決定した。

なお、旅費等の予算は、同年度一般会計補正予算に計上され、同年九月二九日の本会議で可決された。

本件(一)の旅行は、議会閉会中の同年一〇月七日から同月八日まで及び同月二九日から同年一一月一〇日までの間に実施された。

2  本件(二)の旅行は、堺市独自で企画された。

被告辻哲朗は、議長として、昭和五六年六月、七月開催の議員運営委員会で、数回各会派に諮つたところ、一致した結論が得られず、議長一任とすることにも異論が出たため、議員総会に提案することにした。

同年七月二〇日開催された議員総会は、行政視察旅行を実施する旨、目的地、期間、人数(一二名とすること)を決定したが、人選を正副議長に一任した。そこで、同被告は、各会派からの推薦者を調整したうえ、副議長と相談して別表2記載の参加議員を決定した。

旅費等の予算は、すでに、同年度一般会計当初予算に計上され、同年三月三〇日の本会議で、原案どおり可決ずみであつた。

本件(二)の旅行は、議会閉会中の同年一〇月二二日から同年一一月二日までの間に実施された。

3  本件各旅行による旅費等は、市議会によつて派遣された議員の公務を行なうため要する費用の弁償として、自治法二〇三条三項、五項に基づいて支出されたが、その手続の方法は、以前の海外派遣のときの方法が踏襲された。

そのうち、本件(一)の旅行中、別表1の番号1・2の各国内旅行分については、報酬条例五条一項、職員給与条例三六条各項(六項を除く)によつて、同表番号1・2の各「旅費」欄記載のとおり確定し、堺市財務会計規則に従つて、被告山本英行の出張命令書と題する書面への押印を経て、被告我堂武夫の支出命令によつて、収入役により各参加議員に支出された。

本件(一)の旅行中、別表1の番号3の海外旅行及び本件(二)の旅行分については、報酬条例五条一項、九条、職員給与条例三六条六項によつて、被告我堂武夫が別表1の番号3及び別表2の各「旅費」欄記載のとおり決定し、堺市財務会計規則に従つて、議会事務局総務課経理係において、出張者・出張先・期間・旅費等を記載した経費支出原議書類(支出原議書)を作成して、市長(代決)の決裁(昭和五五年一〇月九日、昭和五六年一〇月一九日)を経たほか、被告山本英行の昭和五五年一〇月一四日付出張命令書と題する書面(甲第二号証)への押印(本件(一)の旅行中の別表1の番号3の場合)、又は、被告辻哲朗の昭和五六年一〇月一九日付出張確認書と題する書面(甲第七号証)への押印(本件(二)の旅行の場合)が行なわれた上、被告我堂武夫の支出命令によつて、収入役により各参加議員に支出された。

なお、右の支出原議書は、堺市の職員(市議会議員を含む)が海外出張をする場合にのみ作成されるものであり、また、本件(二)の旅行に随行した二名の職員については、被告辻哲朗が昭和五六年一〇月一九日付出張命令書と題する書面(甲第七号証)に押印して出張命令を出した。

三  被告らの財務会計上の行為について

(一)  被告我堂武夫が本件各旅行につき支出命令を発して財務会計上の行為をしたことは、当事者間に争いがない。したがつて、本件各旅行に関する公金の支出が、違法である場合には、同被告は、堺市に対し、損害賠償義務を負担することは、いうまでもない。

(二)  被告山本英行、同辻哲朗の財務会計上の行為について

1  地方公共団体が公金を支出するためには、支出負担行為と支出命令が必要であることはいうまでもない。

そして、支出負担行為とは、地方公共団体の支出の原因となるべき行為であつて、給与その他の給付の支出の決定がこれに当たるところ、自治法二〇三条三項にいう職務を行うために要する費用の弁償に関する支出負担行為とは、右費用の弁償に該当する支出であることを確認し決定することであると解するのが相当である。

2  ところで、前記認定の事実によると、被告山本英行は、本件(一)の旅行について出張命令書に押印し、同辻哲朗は、本件(二)の旅行について出張確認書に押印し、右の手続を経たことによつて被告我堂武夫が本件各旅行につき支出命令を発しているのであるから、被告山本英行や同辻哲朗は、右押印によつてそれぞれ支出負担行為をしたものというべきである。

そうして、地方議会の議長は、議会の最高責任者として、議会及び議会事務局に対し、包括的な統理権があると解される(自治法一〇四条)から、このことからしても、右のことが首肯できるのである。

3  被告らは、議長が議員に対して出張命令を発しうる地位にないことを理由に、被告山本英行、同辻哲朗は、支出負担行為ができないと主張するが、支出負担行為として意味があるのは、出張を命ずる権限の有無ではなく、出張に要する費用であることを職務上確認し決定することであるところ、堺市議会では、議長の前記統理権に基づき、議長に議員の出張に要する費用であることを書類上確認し決定させていたのである(前掲甲第一〇号証の二、同第一二号証による)から、被告らの右主張は、失当である。

また、堺市では、職員(市議会議員)の海外出張につき支出原議書が作成される取り扱いになつているが、この支出原議書が作成される理由は、職員の外国旅行については旅費等の算定につき画一的な基準がないためであり(この事実は、証人岸本正芳、同浜田雄二の各証言によつて認める)、支出原議書を作成することによつて出張命令ないしは出張確認行為が省略されるわけではないから、支出原議書の作成が支出負担行為になるものではない。

4  まとめ

被告山本英行及び同辻哲朗は、本件各旅行につきそれぞれ支出負担行為をしたことによつて財務会計上の行為をしたとしなければならない。したがつて、本件各旅行に関する公金の支出が、違法である場合には、同被告らは、堺市に対し、損害賠償義務を負担することになる。

四  議員の派遣について

(一)  地方議会は、議会活動の一環として、国内及び海外の行政事情を視察する目的で、議員を派遣することができ、その手続は、必ずしも常に本会議の議決を必要とするものではなく、議会の閉会中は、議長が決定することができると解するのが相当である。以下、その理由を詳述する。

1  国会議員の派遣については、国会法一〇三条、衆議院規則二五五条、参議院規則一八〇条によつて、各議院が、議院の議決によつて、議案その他の審査若しくは国政に関する調査のために又は議院において必要と認めた場合に議員を派遣することができ、閉会中にあつては、議長が議員の派遣を決定することができる旨規定されている。

これに対して、地方議会の議員の派遣については、自治法に明文の規定がなく、堺市の条例にもこれに関する規定がない(ただし、委員会が委員を派遣することについては、自治法一〇九条三項、堺市議会会議規則七一条に規定がある)。

2  しかし、地方議会にも、議会の機能を適切に果たさせるため、議会の自治・自律の機能が与えられているとみるのが至当である。

確かに、憲法、国会法等で認められた広範な議院自律権、特に、国会議員に対して与えられた特権をそのまま地方議会に当てはめることはできないが(最判昭和四二年五月二四日刑集二一巻四号五〇五頁参照)、国会の各議院に認められた国政調査権その他の自治・自律の権能は、自治法上地方議会にも同様に与えられているのである(自治法一〇〇条、一二〇条、一二四条、一二七条、一三四条等参照)。したがつて、国会の各議院に認められた自治・自律の原則が、そのまま地方議会にも妥当する場合があるといわなければならない。

3  しかも、住民は、条例の制定・改廃の請求、議会の解散請求、議員や長の解職請求等の自治法に定められた直接請求の制度によつて、地方議会の議会活動や運営に対し、直接的にこれを監督し是正できる権限が与えられているのである(この点では、国会の各議院に対するのと大きく異なる)。

4  このようにみてくると、地方議会は、住民の監視のもとに、その自治・自律権能に基づき議会運営ができるのであつて、法令に明文の規定がなければ如何なる事項も議会運営として行いえないものではない。

そして、地方議会も、議案その他の審査若しくは調査権に基づく場合、その他地方議会が必要とする場合には、議会の自治、自律権能に基づき議員の派遣ができることは、国会の両議院の場合と実質的に異ならない。なお、現下の国際社会では、議員の派遣とは、地方議会が議員を海外へ派遣することも含むことは当然である。そのうえ、堺市は、以前にも議員の海外派遣の実績があることや、他の三二の市もそれを実施していること(成立に争いがない乙第六号証の一ないし四による)が、考慮されなければならない。

5  また、地方議会が議員を派遣する手続としては、国会の場合と異にしなければならない合理的理由が見当らないから、原則として議会の議決を必要とするが、議会の閉会中は議長が決定することができることになる。

(二)  この視点に立つて本件をみると、本件各旅行は、市議会の本会議の議決によつて決定されたものではないが、議会の閉会中に議長が決定した議員の派遣として適法であり、参加議員は、公務として本件各旅行を実施したことに帰着する。

もつとも、前記二の(二)1、2の事実によると、議長は、本件(一)の旅行については議員運営委員会に諮問し、本件(二)の旅行については議員総会に提案して意見を徴しているが、これは議長が決定するにつき議会の意思をできるだけ尊重する趣旨で右手続を経たものとみるべきであり、法的には議長がその権限と責任において決定したとしなければならない。

五  本件各旅行による公金の支出手続について

(一)  前記二の(二)3の認定事実によると、本件各旅行の旅費等の支出手続は、自治法二〇三条三項、五項、報酬条例五条一項、九条、職員給与条例三六条六項及び堺市財務会計規則に従つて適法に支出されたとしなければならない。

(二)  本件各旅行(但し、別表1の番号1・2の分を除く)による旅費等の費用の決定について、報酬条例五条一項によつて準用される職員給与条例三六条六項には、「任命権者」とあるが、議員の場合には任命権者がない。しかし、報酬条例九条によつて市長がこれに代わるものと解することができ、前記認定事実によると、そのように処理されているから、この点にも違法はない。

六  本件各旅行の不必要性について

地方議会が必要と認めた場合には議員を海外に派遣することができることは前に説示したとおりであり、本件各旅行が、堺市議会(議長)によつて必要な議員の派遣であると判断されて実施されたものであることは、いうまでもない。

そして、右必要性の有無の判断は、事柄の性質上、議会(議長)の広範な裁量に委ねられているから、裁判所の司法審査の対象となるのは、右裁量行為が違法であると評価できる場合、すなわち、裁量の範囲を著しく逸脱するか又は裁量権の濫用がある場合に限るとしなければならない。

ところで、個々の議員が広く海外の行政実情にも正確な知識をもつことは、その議会活動能力を高め、ひいては、住民の利益に繋がるとする見方もできないわけではないから、海外の行政実情を視察する目的で本件各旅行が実施された以上、その必要性が全くなかつたと断言できないし、本件に顕われた証拠を仔細に検討しても、議会(議長)に、前述した裁量権の逸脱や濫用があつたことが認められる的確な証拠はない。

そうすると、原告らの右主張は、結局、議会(議長)の判断の当否を問題とするにすぎないものといわなければならず、裁判所の司法審査によつてその適否をきめるべき筋合ではないことに帰着する。

そして、右のような主張をもつ住民は、前記の直接請求権の行使や、市議会議員及び市長の選挙などを通してその意思を表明し、議会の活動や運営の是正をはかるべきである。

そこで、原告らの右主張は、採用しない。

七  むすび

本件各旅行及びこれによる公金の支出が適法である以上、被告らは、個人として堺市に対し損害賠償義務を負ういわれがない。そうすると、これを前提とする原告らの本件請求は、理由がないから棄却することとし、行訴法七条、民訴法八九条、九三条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 古崎慶長 孕石孟則 八木良一)

別表1、2〈省略〉

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